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酒田簡易裁判所 昭和41年(ろ)8号 判決 1966年6月30日

被告人 斉藤亀次郎

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実は

被告人は船員法の適用をうける漁船斎宝丸(二九・九二トン)の所有者で同船を使用し漁業を営んでいるものであるが、昭和四〇年九月二九日網走港において東北海運局長の承認を得た就業規則に関する書類を船内の見やすい場所に掲示し又は備え置かなかつたものである。

というにある。

そこで審理すると、まず本件各証拠によれば、被告人は斎宝丸の所有者であること、右斎宝丸はそのトン数が二九・九二トンで推進機関を備え主としていか一本釣りに従事する漁船であつて、船員法の適用をうける船舶であること、被告人は昭和四〇年九月二九日網走港において右斎宝丸の船長斎藤定男をして就業規則に関する書類を船内ブリツジの机のひき出しの中に保管させていたことが明らかである。

そこで右書類をブリツジの机の中に保管して備え置いたことが船員法一一三条にいう船内の見やすい場所に備え置いたことになるか否かについて判断するに、右にいう「見やすい」とは直接目に見える場合はもちろんのこと直接には見えなくても船舶の乗組員においてこれを閲覧しようと思えば容易に閲覧できる場合を指すものであるところ、本件において、当裁判所の検証調書、被告人の当公判延における供述および司法巡査、検察官に対する各供述調書によれば右ブリツジの机のひき出しは無施錠であつてその中には本件書類の他に乗組員の船員手帳、健康保険証、常備薬などが保管されていたこと、右ブリツジは船長および漁撈長(兼通信士)の居室であるが、右斎宝丸はトン数二九トン余の小漁船でその乗組員も一〇数名に過ぎず、船長、漁撈長とその他の乗組員との間は友好的家族的であつて、乗組員が自由にブリツジに入りそのひき出しを開けて本件書類を閲覧する妨げとなる事情は格別存在しなかつたこと、実際乗組員は操舵のため常時交代でブリツジに出入りし、また釣針を引つかける等して負傷した場合にも、一々船長、漁撈長に断ることなく、勝手にブリツジに入りその机のひき出しを開けて常備薬をとり出していたことが認められ、また当裁判所の検証の結果によると、右斎宝丸にはブリツジの他には炊事室、機関室、船員室等の船室があるけれどもいずれも小漁船であるため極めて手狭であるうえ、炊事室、機関室は汚れ易く、船員室は地下室であるため薄暗く、書類の保管閲覧に不便であり、ブリツジもまた極めて手狭であつてブリツジに必要な機械器具を備え付けると書類を掲示する余地が全くなく、従つて船内には少くとも現状においてはブリツジの机の中以外には本件書類の紛失汚損を防ぎかつその閲覧に便の良いより適当な場所がなかつたことが認められ、右のような事情殊に書類の保管上の必要性をもあわせ考えると、右備え置きは見やすい場所になされたものでないとして船員法一一三条に違反するものではないというべきである。

よつて本件公訴事実は結局その証明がないことに帰するから、刑事訴訟法三三六条により被告人に対して無罪の言渡をすることとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 竹田央)

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